「不器用人間」
「もう聞き飽きたよ」
「手動かす、口動かす」
「そっちが話しかけて・・・」
「何」
「いいえ。何でもアリマセン」

 どちらかというと呆れた様子でテーブルに片肘をついている魔法使いを 上目遣いに見ながら、ユウリはバスケットに盛られたパンに手を伸ばす。
 まだほんのりと温かいそれを口にした。
「・・・はぁ。おいしい」
 ため息と共にそう言った城主をルックはちらり睨んだ。
「バカ?昨日の昼以降何も食べてなかったら誰だって何だっておいしいに 決まってるだろ」
 随分な言い方だ。が、間違ってはいない。
「でもお昼はしっかり取ったし、水分はちゃんと取ってた。 寝る前にはお酒もクチにしたし」
「ああそう。それはさぞかし酔いが回るのが早かっただろうね」
「ご明察・・・」
 寝るつもりはなかった。水以外を口にしたいと思って部屋に 置きっぱなしにしていた酒を飲んだ。いつもならただ美味しいと思えるだけの 僅かな量。
 しかし結果数分後には眠りに落ちていたようで記憶がない。気付いたのは 先ほどルックが起こしに来た時だった。





 不幸にも軍主を起こす役目を言い付かってしまったルックは無遠慮に部屋に 入ると、ベッドへ近づき部屋の主を見下ろした。
 額には金の輪が嵌められたままで、靴も履いたまま。一応寝巻きらしいものを 身につけていたが上着を羽織りっぱなしで掛け布団の上に寝転んでいた。
 寝るつもりで寝たのではないだろうユウリの姿にルックが嫌なものを見たと 顔を顰めた。

「っ、イタタッ、わあっ!?」
 ユウリは悲鳴をあげて文字通り跳ね起きると、ひっぱられた片耳を押さえて ベッドの上を壁際まで一気に移動した。
「な、な、な!?いきなり何!?なんでっ!?」
 無理やり覚醒された頭は自分になにが起こったのか把握できずにいた。
 伸ばした手をそのままにこちらを胡散臭げに見つめるルックへ涙の滲んだ目を 向ける。ルックはと言えばそんなことおかまいなしに顎でもってベッドから 降りてくるよう指し示した。
「さっさと顔洗って身支度しなよ」
「え、え?」
「・・・早く」
「ハイッ!?」
 静かに、だが言外に気が短いのは知ってるだろう?と目で示され、慌てて ベッドから降り立った。

 水を張った器から顔を上げると、鏡越しにルックと目が合った。何を言われる のかと反射的に身構えてしまう。
「なんて顔してんの。着替えたら下に行くよ」
 思いのほか穏やかな言葉が返ってきて驚いた。
 朝からいろいろ心臓に悪い。





 部屋を後にすると、うすうすと予想はついていたがやはりレストランへと 連れて行かれた。
 席についている人々と挨拶を交わしながら進み、奥のテラス席へうまいぐあいに 陣取った。

 サラダのブロッコリーを咀嚼していたユウリは飲み込むとお茶だけを 飲んでいるルックへ声をかけた。
「ねえルックは・・・そっか、もう食べたんだ」
「ご明察」
「・・・それ嫌味?」
「わかるくらいには目が覚めてきたってことかい」
「・・・・・・」
 オムレツを一口大に切って口に運ぶ。
「おいしい」
「わかったから、食べる」
「・・・一緒の席につく楽しみっていうのが半減だよね」
「悪かったね。一緒になってオイシイオイシイと言い合うなんてできない」
 心底面倒くさそうに言うルックを見てユウリは小さい笑いを零す。
「そうじゃなくて。一緒に食べられないっていう意味」
 それからトマトを口に運ぶと僅かに眉を顰めた。ルックの視線にユウリが 苦笑のうちに応える。
「口内炎。トマトが染みるー」
「食生活の乱れと睡眠不足」
「おとつい噛んだんだってば」
「治りが遅くなるんだよ。手止まってる、食べる」
 促されて、とりあえず食べることに専念することにした。
「賢明だね。でないとまた昨日のパンみたく干からびる」
「またそれを言う?それくらい集中してたって褒めてよ」
「別段褒められたことじゃないと思うけど」





 部屋でユウリがあらかたの身支度を整え最後にスカーフを肩にかけているのを 見ていたルックが、思い出したように傍のあるものに目を向けた。指先で叩くと、 コツッと軽い音がした。
 固くなってしまった丸パン。

 ルックが部屋に入って軍主と共に見つけたものにこのパンがあった。
 テーブルの上にわかりやすく置かれたパンの下にはメモが挟んであって、 几帳面な字で「部屋の外に出るのが億劫になったらこれをどうぞ」とある。
 これだけで何かを察してしまう自分がちょっと恨めしくなった。
 おそらくユウリは部屋を出るどころか食べることも億劫になってしまったのだ。
 一食抜いたくらいでどうなるわけでもなし、うるさく言う必要もない。
 大体、僕はコイツの世話係じゃないんだから、と心の中で呟く。
 しかしこれが当たり前のこととなるのはよろしくない。たぶん。本人がわかって いるにしても一言言っておくべきなのだろう。
 が、しかし。
「・・・面倒くさい。そっちは他のヤツにまかせればいいか・・・」
 誰かが言うだろうと決め込んで、当初の予定通り軍主を起こすことにする。
 それから朝ごはんにでも連れて行けば役目は充分果たしたことになる だろう。





 テーブルの真向かい側で休みなく手と口を動かす少年をやんわりと見る。
「あんなパンくらい本を読みながらでも食べれただろうに」
「もーしつこいなぁ。だって食べながら何かするのって苦手なんだもん。それに 消化に悪そうだし」
「食べないヤツに消化がどうのとか言われたくないと思うね」
 ユウリはお茶を一口飲んで、ルックへ向けてアカンベを返す。
「手が止まってる」
「あのさ、そっちが声かけたんじゃないか!」
「不器用な人間にいろいろ求めた僕が間違ってたのか」
「いろいろって何。食べろしか言ってないじゃん」
「それすらもできないのか」
「ええっ、そうくる!?」
「しゃべるか食べるかどっちかにしたら。キミはどっちかしかできないんだろ」
 それがフツーだ!と言いたいのを堪えて食事を再開させる。
 ルックはポットに残っていたお茶すべてをカップに注いだ。





 ふとユウリのパンを千切っていた手が止まった。
 ルックがつられるように顔を上げると、ユウリは待っていたとばかりに 口元に笑みをのせて話し出した。
「確かにパンは本を読みながらでも食べられるし、ものを書きながらでも食べ られるんだけどさ。わざわざ誰かと一緒に食べるってなんかいいよね」
「は・・・・・・」
「もしその誰かが一緒に食べてなくても、目の前にいるだけでいっか」
 うん、と一人頷き、手にしていたパンを口に放り込む。
「・・・なんだい、それ」
 あまり面白くなさそうな顔をするルックに、ユウリはふふふと笑う。
「ね、一口くらい付き合わない?」
 と言って、新しく千切ってルックの前に差し出した。
 ルックは即座にくだらないと息を吐く。
 しかし目の前のパン切れにちらり視線を投げると。
「それだけなら」
 ユウリの手からそれを奪い、口の中に放り込んだ。
 いらないと言われるだろうと思っていたユウリはルックの意外すぎる行動に 呆気に取られたが、すぐに嬉しそうにテーブルの上で前傾姿勢を取った。
「おいしいよね?」
「同意を求めないでくれる」
「じゃ、おいしくない?」
「パンはパン。ユウリの言う精神論には興味がない」
「ふーん。まぁいいや。ね、もう一口いる?」
「いらない」
「そう言うと思った」
 ぱくり、口に入れる。
「うん、おいしい」
 まだ残っていたらしきお茶を無感動に啜るルックと目を合わせ、にこり笑って そう言った。
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ナゼか世話焼きになってしまったルックさん。