「見えないし掴めない。でもそれであるとわかるもの・・・?」
「なんだそりゃ」
 黄緑のグラデーションに色づいた光が差し込む廊下で、歩きながら首をコトン と傾げたユウリの背後からシーナが声をかけてきた。
「や、シーナ」
「よ、ユウリ」
 片手を上げて短く挨拶を交わす。
「で、何。今の」
 立ち止まったユウリに足早に近づくと尋ねた。
「なぞなぞ。ナナミとニナから出題されたんだけど」
「出題内容正しく言ってみ」
 若干の興味を示したらしいシーナに、身体ごとむき直す。人差し指を目の前に 立てて、自ら確認するようにゆっくりとなぞなぞを口にした。
「見えないし、掴めない。時に大きく、時に小さく。温かくもあり、寒くもある。 それは自分のものであり、他人のものである。そして時折その形と色は姿を 現す。なーんだ。・・・だったかな」
「見えないのに見える時がある?」
「そう。他にヒントはって訊いたら、軽かったり重かったりもするんだって。 あとはー・・・優しいときも痛いときもあるってニナが言ってたような」
「ニナぁ?それ万人に共通のヒントかよ?」
「さあ」
 ユウリは思わず吹き出してしまった。
 ニナは観察力、洞察力、共に優れた女の子だが、ひときわ恋の話となると 偏りがちな思考に浸る傾向にある。そして確かに彼女の言うヒントは恋愛ごとに 関連しそうな響きがある。
「ん?んじゃ、色恋沙汰に関係ある可能性あるな」
「そりゃあ可能性としては・・・。でもニナのヒントだけでそっち方面を考える にはちょっと頼りなくない?」
「そーだよなー」
 ペチリと音をさせてシーナは自分の額を手のひらで叩いた。ん〜と天井を 向いて唸る。
「確実性が高いのはナナミのヒントだな。軽かったり重かったり。まず ひとつひとつ重さが違うってことはOK?」
「それも随分曖昧だよ。シーナの言うように物体の重量があるという意味か どうかが」
「うっあ、ちくしょう、そうくるか!」
「どこから攻めるのが一番いいのかなー」
「条件が真逆すぎて絞れないよな」
 ユウリが彷徨わせていた視線へ止めた。
「・・・そうか。でもそういうものだってことだ」
「んんん?なんかピンとくるようなこないようなこと言ったな、今」
 形の良い顎に長い指を添えて首を捻るシーナに向けて、つまりとユウリが 続ける。
「真逆の条件が満たないのは、掴めない、だけなんだ」
 シーナがぽんと手を打ち、何度か続けて頷いた。合点がいったようだ。
「なるほど。掴めはしない。てことは絶対に手に残らないことを前提にして 良さそうだな」
「形がないと考えた方がいいのかな」
「固体じゃないってことか?」
「でも例えば水も残ることは残るよね。それを掴んでいると表すには無理が あるけど」
「この際曖昧なとこは弾いて考えるのが一番か・・・」
 うーとか、むーとか、音にならないような声を絞りあう。

「・・・暖かいなぁ」
「おま・・・」
 唐突なユウリの呟きにシーナはがっくりと項垂れる。
「真剣に考えてたんじゃないのかよっ!?」
 顔を上げざまにユウリの頭を掴みぐりぐり回す。
「か、考えてたっ、イタタタ、だってあったかいんだもんー!」
「そりゃまあ・・・」
 シーナが急に手のひらを広げたため、ユウリはよろめいた。体勢を整え 文句を口にしようとする少年より先にシーナが口を開く。
「いー天気だよなぁ、なんかこう・・・やるべきことも忘れてしまいたくなる ような」
 ぽやんと窓から見える空を仰いで言うので、ユウリはクスリと笑って、 「うん」と窓辺に寄って空を見上げた。
 しないといけないことがあった気がするが今思い出すことができない。 シーナの言うように忘れてしまったのだろうか。
 そよ、と頬を緩い風が撫でていった。冷たくも熱くもない柔らかい風。
「気持ちいい」
「何もかも忘れて寝ろっつってるみたいだ」
「あはは」
 うん、と素直に頷くのはどうかと思ったがその気持ちはよくわかる。
 さわさわと枝葉が擦れる音がして窓から見下ろすとやはり木が微かに揺れて いた。
「ねえシーナ」
 下を指差して言う。壁に沿うように並んでいる木は複雑に吹いてくる風に よって葉を上下左右に揺らせていた。
「上はわりと穏やかなのにね。吹いてる風が上と下とでは違うのかな」
「おお。・・・・・・ん?」
 はっと目を見開くとユウリへ顔を向けた。その表情にユウリは何事かと目を 瞬く。
「え、何?」
「いやっ、ほら!」
「へ、えっ?」
 もどかしそうにユウリを指差しつつ、もう片方の手で作った握りこぶしを 上下に振るシーナにユウリは一層オロオロする。
「〜〜〜っ、風!!なぞなぞの答え、『風』だろ!?」
「あっ」
 シーナのようやく言葉となった声に、ユウリが一瞬の間のあと驚きの声を 上げた。
「な!?」
「風かぁ!」
 2人揃って興奮に顔を染めると、やったぁと両手を高らかに鳴らせ合った。
「シーナ偉い!」
「もっと言えー!」

 だが、両手をそのまま組んで飛び跳ねていたユウリが、はたとその動きを 止めた。
「ユウリ?」
 一緒になって飛び跳ねていたシーナも同じように止まってユウリを伺う。
 ユウリは上目遣いにシーナを見上げると、なんとも言いにくそうに切り出した。
「・・・ご。ごめん。忘れてた」
「何」
「もいっこ条件を思い出した・・・」
「な。なんだよ。なんだよその心底申し訳無さそうな顔は!!うっわ、その条件 って俺たちのようやく考えついた答えが覆されるってこと!?」
 聞きたくないと顔全体で訴えるシーナに動じることなく、広くはない肩を ほとりと落としながらユウリは残酷にもあっさり肯定した。
「あーたりー」
「うっそおお!!なんだよ〜!!」
 大げさに頭を抱えながら叫ぶと、少年は棒読みにその条件とやらを言った。
「甘くもあれば、苦くもある」
 シーナは頭に巻きつけた腕もそのままに身体をナナメに倒した。
「あー・・・?別に風でもいいんじゃねえの」
「そんな投げやりな。おかしいよ、風が甘いとか苦いとか」
「うう、くそ、微妙すぎるか。えええー、でも俺はこれ以上は考えつかねえぞ? いいじゃん、これで!!」
「これでいいとかいうような答えってアリかなあ」
 そう苦笑で反論を唱えつつも、この穏やかな天気のせいだろうか、ユウリも まぁいいかと思い始めた頃。

 ひゅんっと一陣の風が2人の前に流れ込み、思わず細めた目を開けると そこには馴染みのある緑衣の少年の姿。
「ルック。噂をすれば、だ」
「何が。どうでもいいけど時間」
 ルックはユウリの言葉に一応疑問を持ったらしいが、それすらすぐに切り捨てて 苛立たしげな表情を崩すことなく吐くように言った。ユウリは逆にルックの 言葉に疑問を感じる。
「時間って・・・?うわっ、会議ー!!?」
「ゲッ、俺も呼ばれてたヤツだよな!?」
「2人揃って充分すぎるほどに頭が温まっていたようだね。さっさと向かってくれる? ったくこんなことに僕を使わないで欲しいよ。あのクマ・・・」
 背を向けると同時に小さなつむじ風。次の瞬間にはほんの一分前のように 何もない空間が作られる。
「ルックの野郎。俺たちを呼びに来てくれたなら一緒に連れてけっつうの」
「機嫌悪そうだったね、ルック。ビクトールも勇気あるなあ」
「勇気あるってより無謀に近いぞ」
「全身から不機嫌オーラ出てたもんね。口もいつもに輪をかけて悪くなかった?」
「俺には棘すら見えた」
「言えてるー!」
 ケラケラと笑い合って。ピタリとユウリが笑い声を止めた。
「・・・・・・あ」
 シーナが何だと尋ねる間もなく、ユウリは弾かれるようにシーナに顔を 向けた。
「っ、シーナ凄い!わかった!!なぞなぞの答え!!」
 喜色満面といった様子のユウリに服の裾を力いっぱい掴まれたシーナは、 つられて笑顔を浮かべてみるものの自分の何が凄いのやら理解に至らない。
「あー・・・俺、なんか言ったか?」
「言ったよ、棘って!!」
 言った。確かに。何に棘があるって?ルックに。ルックの・・・。
「あ!!」
「ね!!?」



 会議にばたばたと賑やかしくなだれ込んできたユウリとシーナは。
 ため息を吐く軍師や、静かにと厳しく注意する副軍師に目も留めず、 まず最初にルックのそばへ駆け寄り、
「ありがとう、ルック!」
「ルック様様だぜ!」
 と、次々に感謝の言葉を述べた。
 当の本人は何がなにやらわからない状況にはじめこそ目を白黒させていたが、 一向に止まらない2人の興奮ぶりに、元から苛付いていたことも起因して プッツリと切れた。
「なんなんだ、一体!!人に話しかける時くらい少しは頭使ったらどう!? 聞かされる身にもなりなよ、ただただうっとおしいんだよ!!脳の奥底まで 温まっているならいっそデュナン湖にでも放り込んでやろうか!?」
 会議室にいた誰もがルックの剣幕に凍りつき、近づきつつある恐怖からの 保身を真剣に考えはじめた時。
 普段なら即謝罪の言葉が出るであろう、軍主とトラン大統領の息子は。より いっそう明るい声で笑ったのだった。
 腹を抱え、お互いの体を叩き合う。
「ほら、棘だらけ!!」
「色は真っ赤ってか!?」



 会議室の開け放した窓から大量の紙が建物内部から起こった風と共に 飛びだしてくるのは、それからたった2秒後のこと。
e n d

ということで。答えは「言葉」でした。あー、勝手に考えたなぞなぞなので ・・・理屈っぽいったらありません。
お題から話を考えたんじゃなくて、「目に見えないはずだけど見えてしまう ことのある言葉」ということをいつかネタにできないだろうかと思ってたので、 これを使ってしまおうと。元々はシリアスネタにもってこいだと思ってたん ですが、考え始めた時点でドタバタ方向へ転向。
Wリーダーで進めようかと思ったけど、同じレベルで悩んでもらうには シーナと2主が適任じゃないかと。