「うわ。埃っぽいな」
閉めきっていた厚手のカーテンをひくと日差しに空気中の埃が露になった。
ラウが思わず顔を顰める。
「空気の入れ替えするよ」
ユウリが走り寄ってきてギッと音をたてて窓を開いた。
部屋に一気に風が吹き込んできたため埃がなかなか外に出て行かず、部屋の
中をぐるぐると回る。
ぱたぱた顔の前で手を振るのはシーナ。
「すっげ埃。空気の入れ替え、一度でもしたことあんのかココ?」
「少なくとも僕は一度もしたことないなあ。あーあー、まさに宝の持ち腐れ
状態」
ユウリが部屋の四方の壁に立てかけられているものに視線を巡らせる。
この部屋には贈答品である絵が置かれている。
中には開けたものもあるらしいが、それにはおざなりにシーツが被せられており、
それ以外は包装すら解いていないようであった。
「はあ。こん中から数点選ぶねえ。結構な仕事だなこりゃ」
これらは城の装飾に手が回らないうちに贈られたものだった為、とりあえずと
この部屋にしまいこまれ、その後も次々と運び込まれていた。
しかし最近に
なって城に人を呼び寄せたり会合を開くようになり、さすがに殺風景でマズイ
という認識が各人に及んだのだった。
そこで軍主と軍師の勝手な選出により、ラウとシーナが呼ばれた。
意外に思われるかもしれないが、先に名が上げられたのはシーナの方である。
「でも俺んちは成り上がりだからなー。美術品の目利きなんてのは正直自信
ないぞ」
と、シーナは言うのだが、彼のセンスの良さは誰もが一目置いていた。
立派な品であることは間違いなく、あとはどの絵画をどこに飾るかといった
ことが問題で、それならいっそシーナにまかせたらいいのではという話になった。
ラウについては美術品に触れる機会は多かったのだから目は肥えているだろう
という半ば偏見から、そして趣味が偏ったものにならないためにもシーナと
相談できる気の知れた者が良いと選ばれたのだった。ちなみに軍主は付き添いと
責任者を兼ねてという名目のただの野次馬。
軍主と軍師がうっかり外でこのことを話していて、もう少しでヴァンサンと
シモーヌが乱入してきそうだったことは余談である。
同じ絵を見る必要は無い。各々見てコレはというものがあれば声をかける。
そのように決めて作業に入ったのだが、思った以上に時間がかかる。
作業開始からすでに2時間は経っているのに、見た絵の数といったら総数の
ようやく半分を超したところだった。
そしてシーナがもう幾つ目になるかわからない新たな絵のカバーを取り外した
時のこと。
「うわお、色っぽい美人さん発見ーっ!・・・・・・んあ?なんだこりゃ」
首を傾げた。
ラウとユウリがその絵をシーナの後ろから覗き込む。
「女の人・・・?」
ユウリもその絵に描かれたものを見ておなじように首を傾げる。
水の中から笑いかける女性の姿。
しかし、見たことのないパーツが各所に付け加えられている。
そして澄みきった青い水の下にある脚は人間のそれではないようで。
「ああ。これ、きっと人魚だ」
ラウの感心したような声に、ユウリとシーナは顔を上げた。
「にんぎょ?」
「うん。僕も見たことはないけど話だけは聞いたことがある。魚のように水の中
を自由に泳ぎまわることができるらしい。ほら、ヒレがついてる」
「えっ。これって空想上の生き物とかじゃねえの?」
「そ、実在するってさ」
「うっわ、見てみてぇ!!」
興奮して目をキラキラさせるシーナに、隣でその勢いにあてられノリそびれた
ユウリが苦笑する。
「シーナが言うと動機が不純な気がするのはどうしてかなあ」
「しつれいな!純粋な探究心の現れに決まってるではないか!」
鼻息荒く、ドンと胸に手を当てる。
「慣れない言葉遣いが白々しく聞こえるぞ」
「ラウ、お前までっ。一緒に遊んだ仲じゃないかよ〜」
「人聞きの悪い言い方をするな」
「えーと。脱線に脱線した話はそれまでにして」
元は自分が言い出したと言うことは置いておいて、ユウリが仕切りなおす。
「これ、飾るの?」
まだまだ絵はあるよ〜と部屋の中をぐるり見渡しながら言う。
「ん、いいんじゃねえの?キレイじゃん」
目線でラウにも意見を伺う。
「僕もいいと思うよ。話題づくりにもなるんじゃないか?」
「うん、じゃあそうする。話題かあ、じゃあ待ち時間とかに見れる場所がいいの
かな・・・」
「あ、人魚について勉強しておきなよ」
「えっ」
勉強という言葉に鋭い反応を示したユウリに、言ったラウも絵に夢中になって
いたシーナも吹き出す。
「そりゃあお前、話題になるってんだから答えられる状態じゃないと
マズイだろ。ラウの反応より俺らみたいなの方が多いと思うぜ?」
「そ、そっか」
「僕も付き合うよ、せっかくの機会だし」
「ラウ〜」
シーナもガバと2人の肩に抱きついてくる。
「俺一人だけのけものにするなよー。俺も俺も!」
「えー、シーナぁ?」
「ユウリ、お前失礼だな!」
「はいはい、それまで。とりあえず勉強会はまた今度ということで、まずこれを
片付けてしまおう」
ラウの声に他の2人の目線がザッと部屋の中を巡る。
「あーあーあー、変に残すのも気持ちわりぃもんなあ。やっちまうか!」
「シーナ素敵ー」
口元に手を添えてワザと高めの声をだすユウリに、シーナは目の端に涙を光らせた。
「これが女の子の声援だったらどんなにいいか・・・!」
「シーナ素敵ー」
「ラウ、うるせえ!あーもうサッサとやるぞ、手ぇ動かせっ」
腕をぶんぶんと振り回して持ち場につくと、新たなシーツを剥がしていく。
くすくすと笑っていたユウリが何気なくラウへ目線をやった。
ラウはまた人魚の絵へ視線を戻していた。じっと。なにか懐かしいものでも見るような
目で。
「・・・ラウ?」
「え。ああ。僕も作業に戻るよ」
「?うん、よろしく。あっ、僕なにか冷たい飲み物持ってくるよ。喉渇いた
でしょ、ちょっと待ってて」
「ありがとう。慌てなくていいよ」
扉の向こうに消える後姿を見送ったあと自分の持ち場に戻ろうとして、もう
一度先ほどの絵を見た。
いつか聞いた人魚の話。
フと淡い笑みが浮かぶ。
「僕もいつか本物の人魚に会いに行くからな。・・・テッド」
胸の前で小さく握り拳を作った。
人魚は虹色に輝く脚を水に沈め、鮮やかな青い水面からこちらを楽しそうに
眺めている。
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坊ちゃんはテッドから話を聞いたってことで。
シーナはセンス良いのか?勝手に設定しちゃった。オシャレにはうるさそう。