振り向くな、振り向くな。



 かつての主が友人と共に去ってゆく背中を見ながら、そう願う。



 振り向くな、振り向くな。



 初めて見る彼の友人。
 夕闇の中、僅かに赤く照らし出された横顔は穏やかだ。 口元は申し訳程度に弧を描き、眼差しはひたすら優しい。
 何か言葉を交わしている。
 彼の唇が微かに動き、友人が小さく笑んだ。
 彼は見たことのない笑顔を浮かべていた。



 強く、願う。

 このまま行け。
 決して決して振り向くな。

 もう、無縁の世界なのだから。



 −−−−−−どちらにとって?



 数メートル先は山肌に沿った急なカーブになっている。
 そこに消えれば、再び道が交わることはないだろう。



 振り向くな、振り向くな。



 ほとんど祈りにも似た。



 ところが。
 あろうことか、彼は振り向いた。



 無邪気な笑顔で、腕ごと手を大きく振ってきた。
 1回、2回、3回、4回。
 ああ、自分も応えなければとようやく動く。

 ただ、手を上げて、下ろした。

 にこりと見慣れた笑顔がひとつ返ってきた。
 そして、立ち止まっていた友人と共に再び歩き出した。



 姿どころか影も完全に見えなくなるまでその場にじっと立ち尽くしていた。



「・・・振り向くなと」
 振り向くなと願ったのに。

「どうしてくれる」
 振り向くなと、あれほど願ったのに。



 叶わなかったから。



 期待してしまうではないか。



「お前が振り向きさえしなければ、もう二度と会わないだろうと思えたのに」
 同盟軍リーダーであったことを過去のものとし、これから先は友人と歩むこと を選んだのではないのか?



 我が主が、振り向いた。



 期待してしまうではないか?



 −−−−−−いつか帰ってくるのではないかと。



 限りなくゼロに近い可能性。
 かつてリーダーであった少年と、敵国の王だった少年、そして死んだはずの 少女。
 現れるはずがない。



 それでも。
 不可能を可能に変えてしまったあの少年に出逢ったから。



「・・・忘れた頃にひょっこり顔を出しにくることがあるかもな」
 彼は成長し、彼の義姉や友人もまた、見違えるほどに成長するだろう。
 誰が見ても気付かないくらいに。
 そんなまるで彼のような楽観的な考え方も悪くないように思えた。



 もうほとんど陽の落ちかけた空と山の際を見つめる。



 もし帰ってくることがなくとも。



 忙しく仕事をこなす中でほんのつかの間でも思い出し、幸せにやっているの だろうと思うことができるなら、それはそれで幸せに違いない。



 それでもいつか。



 いつか、お帰りなさいと言う日が来ることを。



 願わず、ただ考える。
e n d

誰に言わせようかとワクワクした言葉ですが、言わせませんでした。