「ラウ、遊びに行きマショウ」
「・・・は?」
グレミオにユウリの来訪を告げられ、いつものように客間におりてみると
ユウリは開口一番にそう言った。
「行く、の?遊びに?」
ソファに座ることも忘れ、立ったまま尋ねた。いや、確認した。
「・・・遊びに来ました、が正解」
引き結んでいた唇を少し捻ってボソリと言い直す。
ラウにすれば遊びに「行く」のか「来た」のかではなく、「遊びに」ここへ
やってきたのかが聞きたかったのだが。
それにしてもユウリの第一声に思わず面食らってしまったが、落ち着いて少年を見て
みれば単にふてくされているだけなのだろうと推察された。
ユウリは他人に対して許容が広いので、このようにグレッグミンスター
に辿りついて尚気分を害しつづけるのは珍しいことであるように思える。
ただしユウリがこのような態度を取る相手と言えば候補を絞ることは
それほど難しくない。つまりは甘えられる相手に対してしかふてくされることは
できない。そう、これはその相手に甘えているということ。
何があったのか尋ねるのは易しいが、ここは
ユウリに付き合ってみようかという気になってきた。
「こういう誘いもたまにはいいかな。いいよ、何がしたい?」
と言うと、ユウリは少し我に返ったような目をした。
おそらく何がしたい、などとは考えていなかったのだ。ただ、ここに来た。
どことなく痒い気分になり、誤魔化すためというわけではないが普段は
真向かいに座るところを隣に腰をおろしてみた。
すると無意識だろうユウリが端に寄った。
その行動をぼんやりと考える。
「ラウ?」
「・・・場所を譲られるほどに狭いソファではないと思うけど」
「え。だ、だっていつもは隣じゃなくて前に座るじゃないか」
予想していなかった行動と指摘をラウより与えられ、ユウリは両手を広げて
弁解した。じり、と後ずさり間隔を開けようとする構えの体勢を取る。
ラウはその反応がおかしくてクスリと笑うと更に近づく。
「そうだったかな。でもだからって逃げなくてもいいじゃないか」
「逃げてな・・・、だからなんで近寄ってっ、わあっ」
キィと小さい音と共に扉が開き、ポットとカップをのせたトレイを片手に
グレミオが部屋に入っていた。
目の前の光景に微笑む。
「なんだか楽しそうですねえ」
「ああ、楽しいよ」
「違、グレミオさんーっ」
そこにはラウに(無理やり)抱きしめられてもがいているユウリの姿があった。
「はぁ。それで坊ちゃんが問答無用でユウリくんに手を出したんですか?それは
坊ちゃん問題ですよ」
「ですよね!あれは僕で遊んでただけです!」
「・・・・・・」
この会話を聞いてる者が他にいなくて良かったと人知れず思うトランの英雄を
他所に、マクドール家の主夫と今をときめく(?)新都市同盟軍リーダーで
ある少年は意見の一致を見てすっかり意気投合していた。
実際間違ってはいないので黙って聞いていればいいのだろうとは思ったが、
言われっぱなしというのはどうも性に合わないらしい。
この会話のニュアンスのおかしさに気づけとばかりに過剰な表現で
反論を試みてみた。
「別に騒ぐほどのことでもないだろう。ただ本能に従ったまでだよ」
「最低ー!聞いた、グレミオさん!?」
「坊ちゃん・・・ほどほどにしないと嫌われますよ?」
心底心配そうな瞳を向けるグレミオと彼の腕にひしとしがみつくユウリとに、
ラウは眩暈を覚えた。ほどほどにしてほしいのはこちらの方だと言いたくなる
のを寸でのところで堪える。
2人にそういった意味を含めた意識が皆無な以上、こちらの単なる気にしすぎ
でしかない。
「それで一体今日はどうされたんですか?何も用事がないだなんて珍しいじゃ
ないですか」
あらためてグレミオが尋ねるとユウリは言いづらいのか、グと唇に力を入れた。
「・・・大方軍師殿だろ?」
気分を切り替えるために吐く息と共に言うと、ユウリがびっくりした瞳を
向けてきた。
「えっ、なんでシュウだってわかったの!?」
「わかるよ。ユウリがここまで意固地になれる相手っていったら数が知れてるし」
「うっ」
「ビクトールやシーナあたり相手だったらもうとっくに話してるだろ。とすると
反論しがたいことを言う相手としてはシュウ殿かルックかな。で、あとは勘」
そうサラサラと言い終える。ユウリはぽかんと開けていた口を閉じて、あー
とか、うーとか、言葉にならない言葉を口にして。疲れたように肩をストンと
落とした。
「ごめんなさい。いまさらだけど僕そんな理由でここに来ちゃって・・・」
「何を仰るんですか!私はユウリくんがこの家を思い出して来れくれたという
ことが嬉しいんですよ。もちろん今晩は泊まっていきますよね?夕食は腕を
振るいますよ!」
「そうするといいさ。たまに向こうにジリジリした気分を味合わせてみても
いいんじゃない?僕もグレミオの話し相手ができて嬉しい限りだし」
「坊ちゃんっ!?」
ラウとグレミオのやりとりを見ていたユウリが声を上げて笑いだした。
「こら、ヒトゴトのように。ユウリのことを話してるんだぞ」
ため息混じりのラウの言葉にユウリは顔を赤くして首を振った。
「あはは、違うんだ。なんだろ・・・すごく嬉しいなあと思って。うわ、
どうしよう、顔が緩むー!」
「わっ!?」
ドンと至近距離から勢いよくタックルされてラウはソファの上で仰向けに
倒された。
「ちょ、重い!コラッ離れて!あーもう、お茶してるのに行儀悪いって!」
胸元に顔を押し付けてケラケラと笑い続けるユウリは剥がそうとしても腕に
力をこめてそうさせようとはしない。
「グレミオ、これ剥がして!」
「そんな邪険にされなくてもいいじゃないですか」
「普通に重いんだってば!こらユウリ、笑うのやめて体起こせ!」
「ヤダッ」
「ヤダはこっちのセリフだ!」
「お茶おかわりいれてきますね」
「グレミオー!?」
ラウの叫びに、グレミオはことのほか優しく目を細め、そしてそっと
耳打ちした。
「甘えてるんですよ」
笑っているユウリの耳に届いたかはわからない、でも体に回された腕の力が
さらに強くなった気がした。
「った、痛い、ユウリー!!」
「それにしてもすごい格好になりましたね」
「あははは、スッキリしました〜」
「そりゃユウリはね・・・」
グレミオが再び客間に姿を現した時、2人は乱れまくった服や髪を整えて
いるところだった。ユウリは言葉どおりスッキリした顔。ラウは疲れたと
力なく答えた。
グレミオが湯気の立ち上ったカップをそれぞれの前に差し出す。先ほどの
お茶とは違う香りが漂っている。
「いただきます!」
ユウリはベルトを締めなおして裾をピンと伸ばすと先にソファに腰掛けた。
いまだ服装を正しているラウを見て吹き出す。
「髪がものすごいことになってるよ。バンダナもぐしゃぐしゃ」
「誰のせいだと思ってる」
ちろり睨んでバンダナをほどくと2人に背を向けて鏡に向かった。
単純に疲労からため息をついた。でも鏡越しに見えるグレミオと話している
ユウリの顔を見ると、来た時の面白く無さそうな顔よりずっといいと思って
しまう。
「ラウまだ?」
しごく明るい声にラウは苦笑する。
「はいはい。ったく・・・いつか僕に喰われるなよ」
言って、ハッと口を噤んだ。
気が抜けて口が滑ってしまったにしては冗談にならない。
背後の2人はどのような顔をしてこの言葉を聞いただろう。2人のことだ、
きっとなにも聞かなかったように、もしくはなんでもないように流してくれるに違いない。
なるべく平静を装ってバンダナを結び、祈るような気持ちで振り返った。
ラウを見つめる、グレミオとユウリの目が丸く見開いていた。
「・・・ぼ、ぼ、ぼ、坊ちゃん!?ユウリくんをそういう目でっ!?」
「わあ、僕襲われるー!?」
2人して立ち上がり手のひら同士を組むと悲鳴を上げた。
「っ、こ、ここだけそう取るか!!!?」
安堵と恥ずかしさと行き場のない怒りで顔を真っ赤にして叫んだ。
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坊ちゃんが常識人。
坊ちゃんと2主、時折立場が逆転。大抵において、先に押した者の勝ちの
ようです。
ギャグでカプネタというのでしょうか、これって。でもどっちも嫌がってるし。