同盟軍リーダーとトランの英雄が話している最中、会議の時間が迫っていると
声をかけられユウリが振り返った時。
不可抗力でユウリの左手がラウの右手に軽く触れた。
びくり、カラダが引き攣った。
「ねえ、そんなに怖かった?」
数時間後、会議を終えて部屋に戻ってきたユウリは、ソファに腰掛けて
読んでいたラウの隣に座り込むと、唐突にそう尋ねた。
しかしラウもユウリが何を言わんとしているのかは察しがついたため、
本からちょっと目線を上げると肩を竦める。
「さあ。怖いから反応してしまうわけじゃないと思うけど。条件反射みたいな
ものだよ」
「ふうん。困ったね」
「・・・・・・」
困る困らないなどと考えたことがない。ただ、体がそう反応してしまうのだ。
「しょうがないさ」
そう短く答えて再び本に目線を落とした。
「・・・しょうがない、かぁ」
どこか不思議そうに言ったユウリのそれは、何故か頭のどこかにひっかかり、
本をパタリと閉じて顔を向ける。
「ユウリは僕が臆病になってると思う?」
「うん?ううん、臆病って単語はちょっと・・・違うかな。でも・・・紋章の
ことに関してはとても敏感になってるのかもしれない、とは」
「・・・そう」
自分が意識していないとしても、ユウリからそう見えるということに意味が
ある。気付かないだけで、他の人にもそう見えているのかもしれない。
「気をつけないといけないかな」
気をつける、という言葉自体がおかしい気がしないでもないが、そうとしか
言いようがなかった。
「うーんと。ラウがもし紋章のことを気付かれたくないって思ってるなら・・・」
「うん?」
「触れられるだけでビクッとしてたら逆効果だよね」
「・・・・・・!」
触れられないようには意識していたものの、触れられて反応してしまうのは
無意識だった。故に、全く気にしていなかった。
確かにここに何か秘密がありますと言わんばかりではないか。
ラウは頭を抱えてしまいたい思いに駆られた。
「あー・・・信じられない」
抱えるまでに至らなくとも、項垂れてしまうくらいにはショックを受けた。
「あっ。じゃあさ、練習してみるのはどう?」
「練習」
突然ユウリが明るい声を上げた。その提案にラウは顔を上げるとオウム返しに
返す。
「そう。とりあえず僕で」
「はぁ・・・」
どこか呆けたラウの両腕を取ると、2人の間に並べて置いた。
ラウが何をするのかと尋ねる間もなく、
「とりゃ!」
という掛け声とともに、バチンッと手の甲が鳴った。
「・・・っ、イッタァ!!?」
ユウリの手が、ラウの手の上に振り下ろされていた。しかも両手。
「ほら、怖さより痛さが勝った!」
「なんだそれ!?」
ラウは手を引っこ抜くと、晴れやかな顔をしていた
ユウリの鼻をギュッと掴みかかった。
「うあっ?にっ!いらっ、いらぁいーーー!」
「ご・め・ん・な・さ・い、は?」
「へ、ご、ごめ・・・?な、なんれ、っいらい〜っ!やっ!ふが、ごめんら
はいーーーっ」
「よし」
ようやく手を離され、赤くなった鼻を両手で覆う。
「いぃーたー!」
「ったく、あんなのは練習じゃないよ!」
少し怒っているように言ったラウに、ユウリはキョトンとする。
それから目線を宙へ彷徨わせていたと思うと、ふいに殊勝な顔つきに変わる。
「こういう風に驚かされるの嫌いだった?」
「・・・苦手だな」
言いづらそうだったがそうハッキリと告げた。
「そっか」
はー、と息を吐く。そして、姿勢を正しラウへ真正面に向きなおすと
頭をペコリと下げ、再度謝罪しなおしたのだった。
「ごめんなさい」
「・・・えっ、いや。いいよ、頭を上げてユウリ」
こんなふうに謝ってもらうほどにひどいことをされたとは思っていない。
「・・・やった?」
「それに本当は驚かされること自体が悔しいから更に嫌いだったり・・・って、
え?」
言葉を止め、目の前の少年を観察すると。必要以上にキラキラした瞳が
こちらを見上げていた。
「『やった』って何が」
何が何やらさっぱりワケがわからないラウは訝しげな視線をユウリに投げ
かける。
「手!ホラ!!」
満開の笑顔を浮かべると共に、ぶんぶんと勢いよく右腕を上下に振られて。
「あ」
ようやく気付いた。自分の右手を両手でしっかりと掴まれていることに。
「これって不意打ちじゃないか」
「不意打ちでもなんでも、ラウの無意識の行動を止めることができたんだから
効果ありじゃない?」
「あー・・・そう、かな」
意気揚々とするユウリに半分流されるように頷いた。
どうも頭がついていっていない気がするのだが、確かに右手を握られている
ことに対して拒否反応は出ていなかった。また、いま振りほどく気にも何故か
ならない。
「少しは慣れたかな?」
「まさか。今はむしろ疲労を感じてるよ」
「あははっ」
笑い事じゃないんだけどと思いつつも、悪い気はしなかった。
笑い混じりの息をひとつ吐き。
「ま。無意識の反応だけにそう簡単には治らないだろうけどね。それでも
やっぱり表に出さないようにする必要はあるな」
「・・・ラウって思わぬところで神経質だよね」
「違う。必要に応じて慎重にもなるってこと」
「うーん」
ユウリはラウの右手を掴んだまま、その甲に目線を落とし、短く唸る。
「んー・・・。では。こわがりのラウへ」
手に取ったラウの手をくるり上下を反対にした。
「?」
こわがりと言われたことよりも、これから何を行おうとしているのかと
いうことに関心が向く。
ユウリは一度見上げるといたずらっぽく笑いかけ。
「すこし前進のお祝いと、さらに前進の試練を」
手のひらに軽くキスを落とした。
「・・・あいったぁ〜・・・」
「ユウリが悪い」
「手を出すなんてヒドイよ」
「僕は押しただけ。ひっくり返そうだなんて思わなかった」
「実際ひっくり返ったよ!」
「うん、ごめんねー」
「心がこもってなぁい・・・」
恨めしげに見やるユウリへラウは舌を出す。
手のひらにキスされたラウはその行為に驚いて、そのままユウリの顔を
力いっぱい押したのだった。
心の準備のまったくなかったユウリは派手に倒れ、今じんじんと痛む腰の
辺りをさすりながら歩いていた。
「大体、どうせキスされるなら女性が良かった」
ラウが憮然としてそう言う。
ユウリは一瞬呆気に取られるが、我に返ってあわてて言い返す。
「ちょ・・・っ、僕だってどうせキスするなら女の子がいいよ!」
「したのはそっちじゃないか。はぁ〜」
わざとらしくガクリと肩を落として言うので、ユウリはつい笑ってしまった。
「あんまり落ち込まないでよ、傷つくなあ」
「じゃあ喜んで欲しい?」
こちらを向いたラウも笑っていて。
「うーん。・・・それも困る」
と、返すと、ラウの腕に自分の両腕を絡めてきた。
「ね、お茶しようよ。たまにコーヒーなんてどう?シュウに分けてもらったんだ、
酸っぱくないやつ」
腕を引っ張る方角から、どうやらレストランではなく部屋でのお茶に誘われて
いるようだ。ラウは引っ張られるがままに返事をする。
「僕は酸っぱくてもいいんだけどね」
「僕が酸っぱくないのがいいの」
ラウはユウリが酸っぱいコーヒー豆をあまり得意としていないことを知って
いてそう言う。振り返ったユウリの顔にはイジワルだと書いてあった。
ラウは笑んでかわすと、ユウリの横に並び腕を組みなおした。
「よし、ではご一緒しましょう。ミルクもあるね?」
「勿論!ビスコッティもお出ししますよ、お客様」
「上等」
駆け上がる二つの軽い足音が、石造りの階段に響いた。
階段を昇りきる頃、軽く上下する胸に息を整える。
そしてラウはふと自分の手を意識した。
空のままの右手。
左手はユウリの肩の上に。
立ち位置は、右がラウで左がユウリ。当たり前にこう並んでしまう、お互いに。
これは習慣だな、と苦笑しながらも。
ユウリの言う通り、すこしは前進したのだろうとも思う。
それでも手のひらにキスだなんて、もうゴメンだ。
なんとなく。
輪っかのはまった頭を右手でぺしっと叩いてみた。
e n d
2主が今回必要以上に積極的(?)。でもあれは、ラウの驚く顔が見れる
んじゃないかなーと後先考えずに行動に移したものと思われます。後になって
みると不用意だったと思わずにはいられない。うっかりは2主か?
たぶんあとで倍返し。いや、フツーは2主の方が負けることのが多いと
思います。今回はたまたま2主が勝ち風味。痛い思いをしてますが。