ミーティングルームに呼ばれドアを開けると、大小様々、色とりどりの箱の 山が視界にとびこんできた
「こ、これって・・・」
「すべてあなた宛ですよ」
 軍主の絞り出すような声に、軍師が律儀に答える。
「・・・そんな答えは欲しくない」
 睨もうと思った目には力が入らず、自然情けない顔になってしまった。
「そんな顔をこちらに向けないでください」
 しらっと言って、どうぞとばかりに一歩壁際へ下がった。
「えええ〜・・・」
 肩を落とし、重い足取りで目標物へと近づいていく。
 それは各自治体からの贈り物だった。包装からして高価そうなのは目に見えて いて、ユウリは尚更げんなりする。
「何を大げさな。別にナナミケーキやアイリコロッケが待ってるわけじゃない のですから」
「その比較はどうかと思うし、いくらなんでも失礼だよ・・・」
 まだ何もしていないというのに既に疲れきった顔で、それでも軍師のあまりの 言いようになんとか意見する。
「それに、もらうならそっちのが嬉しいじゃないか」
「っ!?」
 シュウの声無き抗議にユウリは目をぱちくりさせて、それから苦笑した。
「そんなに驚いた顔しなくたって」
「い、いえ」
 ゴホ、と咳払いで誤魔化す。ユウリもそれ以上はつっこまず、代わりに浅い 息を漏らした。
「まぁねー、嬉しいのはその気持ちであって、もらい受けたあとの衝撃はまた 別の問題だけど。それでも意図のわかりにくい贈り物よりも数倍嬉しいよ」
 目の前の文字通り極彩色な現実に、受け取り人として指名された少年は 項垂れた。



 何箱目になるだろう。もはや慣れた手つきでリボンを解き、蓋を開ける。 さらに丁寧に包まれている薄紙の間から、中身をずるりと引っ張り出してみれば。
「うわ。また服」
 光沢のある赤の生地に、金の刺繍。手触りもよく、長さがある割りに軽い。
「金糸の刺繍が見事ですね」
「うん、こんな刺繍見たことない。・・・ってそうじゃなくてー」
 服を握り締めたままテーブルに突っ伏した。
「皺になりますよ」
「ううっ、何着目ってことが言いたいの!」
「・・・本日12着目ですね」
 別のテーブルに並べられた服に目をやり、そしてユウリの手にある服を見て 答えた。
「ねえ、それはワザと!?そうじゃなくて!また赤!」
 癇癪を起こし気味に突き出してきた服を、シュウが受け取る。思っていたよりも 軽くて、手が上に浮いた。ちなみに、赤い服は本日6着目。平均50% の確率を誇っている。
「まあ。あなたは赤い服のイメージがついていますので」
 しょうがないでしょう、と。また、大した問題ではないと言う。
「問題があるないじゃなくて・・・」
「とにかく嫌なんですね」
 さきほどからユウリの言っていることはめちゃくちゃだ。シュウは聞いてられ なくなり早々にまとめあげた。
「わかってるなら断るなりなんなりしてくれたらいいのにー」
 机に頭を乗せたまま、顔の向きだけをシュウの方向へ変える。
「そうもいきません。こういうのも友好関係を続ける為の手段の一つですから。 もちろん必要以上に受け取る必要はありませんが」
「これでも減らしてるっていうの?」
「当たり前です」
 確かにシュウがやたらめったら無差別に受け取るはずがない。これは必要 最低限であると認められた贈り物なのだろう。
「・・・大体さあ、いつ着ろっていうんだろうね。こんな上等な服、戦場で 着れるはずがないじゃん」
 腕を伸ばし、シュウの腕にかかった服を人差し指でついとなぞる。指の動きに 合わせて、布が柔らかい光沢を作り出す。
「血と土にまみれて一回でダメになっちゃう。あ、それより切ったり破いたり する可能性が高いかな」
「あなた以外に着る人がいないのですからそれでも構いません」
「冗談でしょ」
「冗談です」
 表情を変えずに言うものだから冗談に聞こえない。
「贈る側も着てもらうことを第一に考えているわけではないのです。全てが全て と言うつもりはありませんが。あまり深くお考えならずお受け取りなさい」
「うー・・・ん」
 素直には頷けず、さりとてそれ以上拒否するわけにもいかず。
「・・・ここでもし僕が青い服が好きだなんて言った日にはどうなるかな」
「ご想像通り。明日からは青い服ばかりが届きますね」
「ああああ、うっかりなこと言えないな〜」
 わしゃわしゃと両手で頭をかき回すが、ぴたりと動きを止めて。
「あ・・・。欲しいものについてうっかり口を滑らせたらいいのかな」
 シュウが一瞬目を丸くする。が、すぐに小さく笑った。
「では、お金が好きですとでもコメントしてみますか?」
 ユウリもつられるようにクスクス笑い声を上げる。
「それ、冗談でも嫌だね」
「わが軍の財政状況は冗談になりませんがね」
「あはははー・・・ってごめん、笑えなかったか」
「現状況について正しく情報を共有できているようで大変結構です」
 そう言ってから次の品物をユウリの前に置いた。観念したのか、手を伸ばす。 封印球大の箱。
「ティントから?・・・この大きさからだと鉱石の置き物かな」
「おそらく。応接室のケースに並べておきましょう」
「あ、当たり。うわーキレイ・・・。いやいや、浸ってる場合じゃなかったっけ。 はい、じゃあこれ横に置いておくよ」
「畏まりました。では次は」
「うっ、これはまた・・・?」
 思わず仰け反ったユウリにシュウが無言で開けるよう示す。
「はいはいはい。・・・あ〜、当ったりー。ええと」
「13着目。赤の衣服は7着目です」
「言ってもしょうがないってわかってるけど。なんかこう・・・僕個人宛てって いうのがどーうにも嫌なんだよねえ。ホント困るっていうか」
「あなたの言う通り、言ってもしょうがないことです。そろそろあきらめましょう、軍主殿」
 それよりも手を動かしてくださいと続きを促した。



「あなたの部屋でなくとも・・・」
 前を歩くユウリの背にシュウが声をかける。ユウリはぐぅっと腕を伸ばし ながら振り返る。
「シュウの部屋は本でいっぱいじゃないか」
「ですからレストランでも」
「今から混む時間だもん。なんでそんなに僕の部屋じゃ嫌なのさ」
「嫌なのはあなたの方じゃないかと思ったんですよ」
「は、僕?なんで。自分の部屋のほうがゆっくりできるし」
 そういうことを言いたかったわけではないのだが。しかしわざわざ自分の口 から説明するほどの自虐的趣味はあいにく持ち合わせていない。
「無駄に疲れた軍主を皆に見せるわけにもいきませんし、丁度良いのかも しれませんね」
「僕は周りの人にいらぬ緊張を与えたくないから、部屋でのお茶を提案したのに?」
 ちらり視線を交わしあい、何事もなかったかのように歩を進めた。目指すは 最上階の軍主の部屋。

 シュウがお茶の用意をしようとするのをユウリが止め、代わりに部屋の灯り をつけてカーテンを閉めてくれるよう頼んだ。
 勝手知ったる軍主の部屋、シュウは夕闇に侵食されつつある薄暗い部屋の中を 迷うことなくすすんで次々火を灯していった。
 それから灯りに照らし出された、部屋の中心にあるものに目を留めた。いや、 止まった。
「・・・ユ、ユウリ殿・・・」
 ちょうど部屋に入ってきた軍主の名を呼んだ。
「ん?」
 部屋にプライベートでいるときは大抵呼び捨てなので、シュウの呼びかけに ユウリはかすかな違和感を覚える。
 ユウリは扉を閉めると、シュウの固まった視線の先にあるものを確認した。

 そこには鬼軍師と皆から恐れられているシュウが、隠すことなく恐れる存在。
 白い大皿に彩りとして添えられた、レタスとトマト。そして、メインのコロッケ。 しかもこれでもかというくらいに盛ってある。
 隣には、白い生クリームとイチゴで飾られた見るからに美味しそうなケーキ が1ホール。ご丁寧に取り皿までも用意されている。
 あたかもそこにスポットライトが当たっているような錯覚に目が眩んだ。
「えー・・・。軍師、質問。テーブルに乗ってるものはなんでしょう」
「わ、私は急な仕事を思い出し・・・」
 ユウリの問いは聞かなかったものとして、シュウは一方的にベタな言い訳を 述べながらぎくしゃくと扉へと向かおうとする。
 と、翻った上着の端をむんずと掴まれた。少年とは思えない力で握りこまれ、 反射的に振り返る。



「あきらめましょう、軍師?」
 少年のいっそ清々しいまでの笑顔がそこにあった。
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あきらめましょう、軍師。
きっと軍主から胃薬の進呈があるはず!