生きていれば誰もが必ず一度ならずと経験するのだろう、この胸の痛み。
もう会えないのだと思い知らされるたびに、寂しくて、寂しくて。
街の東西をまっすぐに伸びた賑やかなメインストリートを歩いていると、
びょうと一陣の風が吹きぬけ、足元の乾いた砂を巻き上げた。
「痛ッ・・・」
反射的に目を閉じたが、間に合わなかったらしい。左目に小さくも鋭い痛みを
感じた。じわりと涙が溢れても瞬きをするたびに痛みが走る目を、手袋を
はずした左手で擦る。
「・・・こんな往来の激しい場所で目を擦ってもあまり意味がないと思うけど?」
とても、とても、良く知った声。変わらない、声。
懐かしさにひかれるように顔を上げれば、涙にぼやけた視界の向こうで、
彼は苦笑を浮かべて立っていた。
記憶に違わぬ、まっすぐ伸びた背筋と凛とした佇まい。風に揺れる真っ黒な
髪と親しみをこめて細められた黒目、キュッと口角を上げた微笑み方。
途端に目の奥がじんと熱くなって、慌てて喉に力を入れた。
少し心が弱くなっているのだと自覚させられて、思わずこちらも同じように
苦笑で返してしまった。赤い目をしているはずだから、違った意味に取られた
と思うけれど。
「どう?取れた?」
ユウリがテーブルに戻ってくると、ラウは下から赤くなったユウリの左目を
覗いてそう尋ねてきた。
「うん、ありがとう。流れたみたい」
あのあと、すぐ傍にあったこの食事処に流れ込み、ユウリは
そのまま手洗いへと直行し、ラウはテーブルで出された水を飲んで待っていた。
ユウリは木でできた椅子をひいてラウの真向かいに座った。2人掛け用の
テーブルは小さくて、料理が乗りきるだろうかという心配が頭を掠める。
それほど多くもないメニューの中から適当なものを2人ともオーダーすると、
ようやく落ち着いたように顔を合わせた。
「さて。驚いたな」
「そうだね。・・・久しぶり、ラウ」
「久しぶり、ユウリ。何年ぶりかな」
ラウが目をあさっての方向へ向けて考えている風なので、一緒になって思い
起こしてみた。
「ええと。・・・9年、かな?」
「ああ。そうかもしれない。もうそんなになるのか」
そんなに、と表現したが、9年という年月はさほど長いほうではないと思う。
一番短い時には数週間で再会したこともあったが(行動範囲があまり変わらなかった
ようだ)、今のところ長い時で約30年の間が空いたことがある。
これから先、数十年、数百年、会わないこともあるだろうと漠然とだが考えたりもする。
それはさておき今。頭の中ではこの9年を遡っていた。
9年。
ラウと9年前に再会した時、自分の隣には当たり前のように彼がいた。
手元のコップの水に映る自分の情けない顔に気付き、目を逸らしたくて急いで
コップを口に運んだ。
「ところで、ジョウイは?」
ゴクリ、と喉が音をたてて水を奥に送り込む。
考えていたことが伝わってしまったのだろうかという馬鹿な考えまで一瞬
浮かんでしまう。
「・・・彼は、一年ほど前に」
「ああ・・・。そうか」
言いながら優しい瞳をこちらに向けられて、また目の奥が熱くなった。
「寂しいな」
そう言った彼の表情は見ることができなかった。泣くまいと口を引き結び、
目線をテーブルに落としてしまっていたから。
「やあ、ジョウイ」
ラウは会うたびにそう言って笑いかけてきた。まるでいつも会っている友人と
道端でばったり出くわしたかのように。
「歳取ったなあ」
ラウの他意のない言葉にジョウイも笑いながら、
「そりゃあそうです」
と、軽く返していた。
ユウリはこの2人なら気が合うに違いないと思っていたから、そんな2人の
やりとりをいつも嬉しそうに眺めていた。
想像に違わずジョウイもラウに好感を抱いていたようで、ラウに会った後は
しばらく彼の話で盛り上がった。(ラウ本人には言っていないけれど)
と、頭に重みがかかった。
ビックリして顔を上げようとすると、手の重みによってそれを阻止される。
わしゃりと軽く髪を撫ぜられた。
「寂しいな」
同じ言葉を繰り返す。
突然、涙が溢れた。
「・・・うん」
ユウリは木造テーブルにいくつも小さく丸い染みが作られていくのを瞬きもせずに
見つめていた。
出会いがあれば別れがあり。
一生を共に過ごそうとすれば、最後に死がやってくる。それは人間、だれであれ
避けて通ることのできないことである。
真の紋章を宿す身として、彼を看取る日がいつか来るのだと早い段階で
覚悟をしていたけれど。それでも寂しいという思いはそれとは別で。覚悟なんて
したところで、寂しさが減るわけではないのだから。
髪を通って伝わってくる優しい温度によって、ユウリは自らを脆く覆っていた
なにかがホロホロと剥がれ落ちていくような、そんな感覚に包まれていた。
そっと瞼を下ろし、ユウリはその不思議な感覚にしばし身をまかせることにした。
涙も時としてただ冷たいものとして流れるが、いまは温かいものに感じる。
しかし、少し落ち着いてみれば、この状況はとても恥ずかしいもののように
思えた。食事処という人の集まる場所というのもあまりよろしくない。
そうは思うものの、これはどうもしばらく止まりそうになかった。
頭上の手の持ち主に訴えようと、チラリ目線を上げると。
「・・・ラウ?」
彼は目の辺りに片手を添えて、斜め下に視線を流していた。
指の間から、滴がぽとり。
落ちた先にも、いくつもの水滴の跡。見ている間にも新たな雫が落ちてくる。
ユウリの呼びかけにちょっと顔をこちらに向けた。
「・・・や。ごめん。実は、うちも2年前に」
ラウの言う『うちも』がグレミオのことを指すのだとはすぐに察しがついた。
グレッグミンスターの家で過ごしていたあの優しい人を、ユウリも何度か
訪ねて行った。そのたびに「いらっしゃい、ユウリくん」と温かい笑みで迎え、
また美味しいお茶でもてなしてくれていた。
彼のシチューを最後に食べたのはいつだったろうか。
いつのまにか頭上にあったはずの手はテーブルに下ろされ、彼は静かに涙を
流していた。
ユウリは片手を伸ばすと、ぽん、と先ほど自分がされたように黒髪の上に置いた。
驚いた黒い瞳がこちらを見つめる。黒の両目には、だが、暗闇は欠片もなく、
それはユウリを心から安堵させた。
「寂しいね」
自分の涙を拭いもせずに笑いかけてきたユウリに、ラウも、に、と笑い返す。
笑った拍子にまた頬を涙が伝い落ちた。
あなたがいなくなってこんなに寂しい。
それでも。
あなたを失うことで、こんなに寂しく思うくらいに大切な存在でいてくれて
ありがとう。
あなたを思い出すと胸が苦しくなるけれど、同時に暖かな記憶も蘇ります。
あなたと出会えた偶然に、あなたと共に過ごした必然に。
心からの感謝を捧げます。
あなたが傍にいたからこそ、今、僕は笑えます。
そしてきっと。
あなたが傍にいたからこそ、これからも歩いていけるに違いありません。
オーダーした料理を運んできた恰幅のいい女性が少し驚いていた
ようだった。それでも料理をテーブルの空いているスペースに手早く乗せて。
何故かそっと微笑んでから下がっていった。
e n d
「グッドエンド?バッドエンド??」な感じで申し訳ない!えーと。
グッドエンドです。でも、2終了後に2主が紋章を引き継いでます。
グレミオはグレッグミンスターに常駐していて、
ジョウイは2主とずっと一緒に旅していたことにしてます。
坊ちゃんにはグレミオ、2主にはジョウイ。そんな感じ。お互いにお互いがすごく
大切だったと思います。