トン、トン、トン、トン。
階下から響いてくる足音。
紙の上を走らせていたペンを止め、扉へと顔を向けた。
ああ、この足音は。
「失礼します」
声と共に部屋に入ってきた人物を見て、やはりと微笑む。
「?なにか」
「ううん。シュウだろうって思っただけ」
デュナン国宰相シュウは眉を僅かに上げるだけで、少年王ユウリの前へと近づいて
きた。
手にしていた紙の束を机の端に置く。ユウリもちらりと視線をやるだけで、
特に質問も確認もない。さして特筆する必要もない処理業務だ。
「天気、いいね」
「ええ」
シュウは空いた手で、今度は捺印済みの書類を確認し始める。
ユウリは手に持っていたペンを置くと、窓の外に目を向けた。
昼下がりの白っぽく、どこか気だるさを感じさせる空気。
少し前まで城下から聞こえていた子供達のはしゃぎ声もおさまり、かわりに
上空から鳥の囀りが聞こえていた。
トン、トン、トン、トン。
「・・・クラウスだ」
ユウリの声にシュウが顔を上げた。
「ユウリ殿、失礼致します。・・・シュウ殿もいらっしゃいましたか」
クラウスはユウリと笑みを交わしてから、シュウにも会釈する。
「何かあったか?」
「いえ。ユウリ殿がこの前読んでみたいと仰っていた本を図書館で見つけました
ので持ってきただけです」
と、持っていた本をユウリへ差し出した。
「えっ、覚えていてくれたんだ!クラウスありがとう」
どういたしましてと微笑むクラウスから両手で受け取る。それを覗き込んだ
シュウが意外そうに言った。
「グラスランドの歴史書、ですか」
「うん。以前、偽炎の運び手騒動があったじゃない。あれをきっかけに言葉は
よくないけど興味を持ったから、何か関係のある書物があれば読んでみたいと
思ったんだ」
「炎の運び手、特に炎の英雄についてはほとんど載っていないようなのですが、
正史として伝えられていることはわかるかと思います」
「うん。真の紋章のことが詳しく載ってるとは思ってないよ。紙に残っている
歴史だけでもとりあえず今の僕には充分」
あまり古くはなっていない深緑色の表紙を撫でる。
現デュナン国国王が真の紋章を宿していることは、国内のみならず国外でも
有名な話だが、本人が現存するにも関わらず、統一戦争中の紋章に関する出来事
についてはあまり知られていない。もちろん、意図的に隠してしまっていること
も多々あって、それは多分珍しくはないことなのだ。
トン、トン、トン、トン。
ギクリ、とユウリの背が強張った。
シュウとクラウスがそれに気付き、素早く扉の外へ注意を払う。
「こ、国王っ。し、し、失礼致します。こちらに宰相殿がいらしていると
お聞きしたのですが・・・」
無駄に緊張した様子の声に、クラウスが扉を少し開けて対応した。
「シュウ殿は確かにこちらにいらっしゃいますが、何事でしょうか。上司へは
報告の上でこちらまで?」
クラウスの背を見ながらシュウがため息をついた。
「おそらく新しく雇われた者だろうな」
「えーと。あまり叱らないでやってね」
「必要があれば叱る、それだけだ」
「・・・おまかせするけどさ、信用してるし」
深く息を吐いて、椅子に沈み込んだ。額の髪の生え際辺りが冷たく感じられ、
髪の間に指を差し入れる。
「・・・大丈夫ですか」
「ん、ごめん。大丈夫」
話し終えたらしきクラウスガ扉を閉めて戻ってきた。
「急ぎの用だと慌ててこちらに来たようですね。指示は私からさせていただき
ました」
「助かる、クラウス」
「いいえ。私で代われることなら」
ふふっとユウリが笑い声を漏らした。見てみると、しまったとでも言いたい
のか、口元を両手でわざとらしく隠している。だが指の間から見える唇は緩い
弧を描いていた。
「シュウとクラウスってなんかいいペアだなあって思って」
「は、はぁ・・・」
クラウスがなんと応えてよいかわからず、変な相槌を打つ。
「クラウスがこの部屋にいてあの兵士感謝しなくちゃ。シュウだけだったら
さぞかし恐ろしい思いをしただろうなあ」
「人聞きの悪いことを言うな」
苦虫を噛み潰したような顔で睨むシュウを見てクラウスも笑う。が、すいと
笑いをおさめるとユウリを窺った。
「ユウリ殿」
「え。あ、ごめん。クラウスにも心配かけちゃったね。大丈夫。ちょっと
思い出しただけ」
急いで階段を上ってくる足音が。
突然、彼女のことを思い出させた。
ナナミ。
似てなんかいなかったのに。
彼女の足取りはもっと軽かった。慌てる必要なんてなかったのに、いつも
早足で5階のこの部屋への階段を上ってきた。
トン、トン、トン、トン。
次の瞬間、記憶が摩り替わっていた。
トン、トン、トン、と・・・・・・胸を打つ音。
それはそれは切ないほどに鮮やかな。
この腕の中にかつてあった、彼女の音。
一瞬のうちに心臓がギュッと収縮して、ユウリの体は強張った。
もう、随分と前の出来事なのに。
肩の力をあらためて抜いて、軽く首を振ったあとに深呼吸を一度。
「・・・えれべーたー、アダリーに5階まで作ってもらったら良かったかなあ」
クラウスはユウリのその呟きにそっと目線を落とし、シュウはゆるりと首を
横に振る。
「・・・運動不足になるぞ」
「ふふ。そうだね」
窓ガラス越しに差し込んでくる昼の陽光が、自分やその周囲をも包んでいた。
そして、傍に立つ、二つの影。
あたたかさに。
縮んだ心臓が、ゆっくりと元の状態に戻っていく気がした。
e n d
当サイトは基本はGEでナナミもジョウイも生きているのです!
が、このお話ではナナミがいないことになっちゃってます。あらら?(汗)
ロックアックスイベント後の話にしようとしていたのに、直しながら
書いてる内にいつの間にやら舞台が戦争後に。
す、すみません、こんなんで・・・。