午前中特有のまだ柔らかい太陽の光と爽やかな空気に包まれて、ゆっくりと のびをした。そしてやはりゆっくりと息を吐く。
 仰向けになったユウリの瞳には、空で戯れる数羽の鳥の姿が映っていた。
「器用ー・・・」
 鳥はせわしなく鳴き合い、じゃれてもつれあいながらも尚、羽ばたいて宙で バランスを取っていた。
「何してるんだろ・・・楽しそうだなあ」
 空は地上の争いと関係なくひたすら青く、そして鳥が遊ぶ場所だ。
 同じ空間にありながらも、それはまるで別世界。
 ふと取り残されたような気持ちになった。
 寂しいとか悲しいとかいうのとは違う。距離を、感じる。

 手の甲を瞼の上にぱたりと置いた。
 チチチッ、という高い囀りが耳に入ってくる。
「いいなあ・・・」
「何が?」
 突然の声に瞼の上の手をのければ、トランの英雄が逆さに覗き込んできていた。
「ラウ、おはよう」
 ユウリが、見上げた状態のまま片手を上げると、上からラウが手を下ろしてパチンと叩く。
「おはよう。午前中はシュウ殿の部屋に詰めてるかと思ったけど」
「その予定だったんだけど、急な用事が入ったみたいで。って僕がこんな ところでゴロゴロしてる言い訳にはならないね」
 ラウは笑うと、ユウリの前に回りこんで手を引っ張った。心得たようにユウリ が軽々と立ち上がる。
「何か手伝うことは?」
 尋ねられ、ユウリは首を横に振る。
「ううん。午後からの一緒に出かけてもらう用事だけお願い。それまでのんびり していてもらって大丈夫。ホラ、軍主みずからこんな状態だし」
 カラリと笑うユウリにラウもつられて笑う。
 しかしユウリがまた目線を空へ上げたのに気付き、同じ方向を見上げた。
 鳥。
「さっきも見てたね」
「ん」
「鳥のことをいいなあって言ってたの?」
 ユウリは空へ目線を向けたまま、ラウの言葉を頭の中で繰り返す。
 先ほど自分が呟いた『いいなあ』という言葉はどういう意味で出てきたの だろうか。
 鳥になりたい。
 というよりは、鳥が羨ましい、の方がしっくりくる。
 では、鳥の何を羨ましいと思うのか。

「・・・ねえ。ラウは鳥を見て何を思う?」
 その問いには答えず、顔を僅かにこちらへ向ける。実際のところそう 問われたところで、なんと答えていいものか誰だって困るだろう。 そう思いなおし、さらに続ける。
「さっき僕は鳥を羨ましいと思ったんだけど、なんで羨ましいと思ったのかが もうわからないんだ」
「理由、ね。大体にして僕らは羽を持っていないから、それだけ でも羨ましいと思う理由になるとは思うけど」
「羽かあ・・・でもチャコたちを見ていても今みたいな気持ちにはならない な。勿論いいなあって思うけどね。ちょっと違う」
 ラウは微笑むと小首を傾げた。
「それじゃあ羽以外で鳥と僕らの違いはなんだと思う」
 そう問われてユウリは考えた。一番最初に頭に浮かんできた答えに自分で クスリと笑うと、そのままを答えた。
「悩むことかな」
「なんだ。軍主様はなにかお悩み中かい」
 冗談っぽく言ってくしゃりと頭を撫でられる。前髪が目に入りそうになって 目を細めた。
「僕は何も悩んでないよ」
「それでもいつだって何か悩んでる」
 笑い混じりのラウの声に、ほんの少し口を尖らせる。
「そんなの僕に限らないじゃないか」
「うん。だから、そうではない鳥が羨ましい?」
「・・・そう言われると、あまり羨ましくない気がしてきた」
 ユウリが眉を顰めてそう言うと、ラウはまた小さく笑う。
「複雑だな」
「自分の中で整理ができていないだけだよ」
「それもまたユウリに限らないさ」
 ポンと頭の上の手が跳ねる。そのまま手が離れたので、ユウリはもう一度空へ顔を向けた。
「・・・考えてみたら鳥だって決して自由ってわけじゃない気がする」
「そうだな。どこの世界にだってそれぞれルールがあるんだから」
「悩みがなくて羨ましいなんて言ったら、こっちの苦労も知らないで!って 怒られるかな」
 晴れ渡った空の下、二つの軽い笑い声が響く。
 ユウリはいまだ戯れている鳥たちのいる空へ両手を伸ばし、両手ですくう ような形を取った。
「ね。本当の自由ってなんだろう」
「さあ。・・・ユウリはそれ自体が存在すると思う?」
「・・・わからない。ない、のかもしれない・・・」

 それでも彼らを羨ましい、と思う気持ちは止められない。
 きっと、その姿に自由を求めてしまうのだ。

 ずっと気持ちよく空を飛んでいられますように。
 漠然とそう思いながら、空の鳥たちを囲んでいた両の手のひらを解放した。
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