「あ、ナナミ」
「ユウリ。え、私探してた?」
よく知る声に名前を呼ばれて振り向いた。探されているというよりは「いた」という響きがすることに気付いたが、偶然こんな場所で会うとも思えず、自分を探していたのかと問う。
「ううん、違うんだ。よくわからないけど、さっきそこの廊下でラウと会ったらここに行けって言われた」
「あー、ラウさんてば」
クククッと笑って肩を揺らす。
「私もさっき会ったよ。ユウリより前だね。ちょっと話したから、それでだよ。きっと」
「ふうん?」
ユウリはその目的語などが著しく抜けたナナミの言葉にきょとんとしているが、聞き出したいというようでもなかった。が、ナナミはなんとなく誤魔化したような自分の言い回しが気持ち悪くて、言い直す。
「あのね、四つ葉のクローバーを探してたの」
なるほどナナミの周りにはクローバーが生い茂っている。しかも、結構な範囲で。
ユウリはぐるりと見渡して。
「・・・それじゃ、僕はこっちから探すね」
と、おもむろにしゃがみこんだ。
手に持っていた立派な装丁の分厚い辞書のような本は、地面の状態を確かめてから傍らに下ろす。
それをぼうっと目で追っていたナナミが我に返って声を上げた。
「えっ!お仕事中でしょ?」
「いいの、いいの」
「えー、大丈夫なの?」
「うん、大丈夫。いま自習時間なんだ」
「・・・これはどう頑張っても自習の範囲とは言えないよねえ」
「細かいこと気にしない!ホラ探そうよ」
果たして細かいことと片付けても良いだろうかと小首をかしげるが、心配するナナミをよそに、義弟は地面に手を這わし始めている。それにナナミも慌てて作業に戻った。
ナナミは手元に一生懸命注意を払いながら、視界の端に入ってくるユウリの後ろ姿につい頬が緩むのに気がついた。
「ナナミ!見つけた!」
「ホント!?やったぁユウリっ」
その場で飛び上がると、小さなクローバーをこちらに掲げるユウリの元へ駆けつける。
「うわー、うわー!ホントにあったあ。嬉しい!」
ぱちぱちと拍手を続ける少女に。
「はい」
ユウリが四つ葉のクローバーを手渡した。
「え」
思わず受け取ってしまってから、首を横に振った。
「ユ、ユウリ。せっかくユウリが見つけたんだから持っててよ」
「あげる。ナナミの為に探したんだもん」
「私の、ため?」
「うん。だって探してたんでしょ?四つ葉のクローバー」
ユウリの言葉に、おずおずと、でもちょっと考えながら頷く。
「う、うん。探してたんだけど・・・」
「うん」
「・・・・・・」
ナナミはそのまま黙って手のひらの上のクローバーを見つめてしまう。ユウリはだが、じっと待っていた。
「・・・本当は・・・本当は、あと二つ欲しいんだ」
決心したように顔を上げると、そう告げた。
「ふたつ」
ユウリが繰り返すと、ナナミはあらためてその数字の大きさに表情をやや苦くした。
「一つ見つけるのにこんなに時間がかかったのにやっぱり無理かな」
ユウリはちょっと笑うと腕をまくる仕草をする。
「さあ、どうかな。探さないと見つからないからね?」
そう言うと、また地面へと視線を落としたのだった。ナナミも急いで同じようにしゃがみこんだが、やはり心配になってきて尋ねた。
「ねえ。勉強はいいの?」
「うん。夜ご飯のあと、ラウが教えてくれるって」
「そっかあ。じゃあ・・・いい、かな。あ、それもさっき約束したの?」
ナナミが聞いた何気ない言葉に、ユウリは手の動きを止めて背を起こした。
「うん、そうだけど・・・あれっ。なんでそう言ってくれたんだろう」
「ユウリが教えてって頼んだんじゃないの?」
「違うよ。僕にここに行くようにって言った後。夜、勉強を教えに部屋に行くからって」
「ふうん?ほんとに親切な人だねー」
「・・・あのさ。ナナミはラウと何話したの?」
「え。えっと、何してるのか聞かれたから四つ葉のクローバー探しだって正直に言ったよ?」
「三つ探してるって?」
「うん、みっつ」
ユウリが呆れたようにため息をついた。
「はあ。まったくあの人は・・・」
「え、え、え。ていうか、ユウリもわかってるの?」
「え。ナナミ、まさか僕にまで気付かれてないと思ってるの?今も?」
こくこくと細かく頷くナナミにユウリは苦笑する。
「わからないはずないよ。みっつ。ナナミと、僕と。・・・ジョウイの分。でしょ」
声をほんの少し小さくして。懐かしい名前を読んだ。
「・・・!うん!うん、そうなの!私たちの分!」
ナナミがぎゅうっと握り締めている両の拳を、ユウリが上から軽く叩いた。
「探そっか」
ナナミは自覚できるくらい嬉しさで頬を赤く染めて、力いっぱい笑顔で頷いたのだった。
「・・・暗くなっちゃった、ね」
手元がよく見えなくなって顔を上げると、太陽はすでに地の端にたどり着き、空に浮かんだ小さく丸い雲と、風になびく草の先を僅かに橙に染めながら、急いでその姿を消そうとしていた。
「ほんとだ。・・・残念。あと一つだったのに」
ユウリが肩を竦めてナナミに笑いかけた。
ユウリが持ってきていた本の表紙の上に並んだ、四つ葉のクローバーは二つ。
「ユウリがいなかったらきっと一つも見つからなかったもん。満足、満足!」
笑い返すナナミは本当に満足そうで。
「でもどうしようね。二つかあ」
唇に人差し指を当てて呟く。
「始めに見つけた方はナナミが持っててよ。僕はそのつもりだったし」
ひとつ取り上げてナナミに差し出す。ありがとう、と受け取ると親指と人差し指で挟んでクローバーを回す。
「じゃあもう一つはユウリのにしよっか」
「僕は二本も見つけれれたことが幸運ってことで。だからあと一つは、さ」
本の上に残ったもう一つを手にとって、白い歯を見せて笑う。
「・・・うん。そうだねぇー」
ナナミも笑った。
渡したい人がいる。
二人の、大切なもう一人。
「ユウリが投げて、ユウリが!」
「よーし。せーのっ」
小さな緑を放り投げる。掛け声のわりに遠くには飛ばず、ほとんど城の周りに吹く風で手から離れたようなものだった。四つ葉のクローバーはくるくるっと小さな軌跡を描いたと思うと、あっという間に薄暗い空に吸い込まれていった。
ユウリとナナミはそれがいつまでもみえているかのように、真っ直ぐと風の吹く方向を見つめていた。
「・・・届きますように」
辺りが闇に包まれた頃、静かにそんな声が風に乗った。
石畳の廊下に二つの軽い足音が響いていた。
「ユウリは今からどうするの?」
「そうだね。ラウがもう待ってるかもしれないから、一度部屋に戻るよ」
「そう。ラウさんにお礼言っておいてね。ユウリが来たから二つ見つかりましたよって。報告よろしく!」
「うん。・・・あ」
ユウリの足が止まり、ナナミが怪訝そうに振り返る。
「ユウリどうしたの?」
「・・・思い出した。それを聞いた時は変なこと言うなーって思っただけだったんだけど・・・」
ぱたぱたと廊下を走る、この城の住人には馴染み深い足音。それを背後に聞いていた城の住人でない人物にとってもまたそうだった。
「ラウ!」
「やあ、ユウリ。図書館の帰り?」
走ってきたユウリの手にある本に目を留める。
「うん。シュウの読んでみるといいって言ってたリストの中にあった本の一つ。今日はこれから時間あるし分厚めの本を読んでみようかと思って」
「これはまた。その本を僕もここで読ませてもらったけど・・・シュウ殿の好みかな、結構意地の悪い文章を書く人の本だよ」
「うえっ!?」
「あはは、手に取っちゃったねえ」
「しまったかも・・・」
項垂れるユウリの手から本を取ると、戯れにパラパラとページを捲る。と。途中のページで手が止まり、そしてぱたりと閉じた。
「はい、返す」
「う、うん?」
ユウリは本を広げた両手に乗せたまま、急に本を突っ返したかと思うと何かに考えを巡らすラウの様子を伺う。そんなラウは、黒い目をユウリに向けると、ふわと笑った。
「ユウリ。ナナミとさっき会ったよ」
「その難しそうな本を開けって?」
ナナミがユウリの手にある、文字のみが綴られているらしいその重たそうな本を遠巻きに見やる。
「そう。開いたらいいことがあるかもしれないって。でも、この時だって思うまで開くなって。でも僕とラウが夜会うまでにその機会がなければそれはそれでいいって言うんだ。わけわからないでしょ?」
「・・・それが今だとユウリは思うの?」
上目遣いに尋ねれば。
「思う」
と、それはそれは清々しく笑った。
ぱらぱら、とページを捲っていく。それを見つめる真剣な二人の目。
そして。
あるページで手が止まり。
ユウリとナナミの間に恥ずかしそうな笑みが浮かぶ。
本の間に押し挟まれていた。
みっつめの四つ葉のクローバー。
e n d
こんなにジョウイのことに対してのんきな2主とナナミなんていいのかなぁと思いつつも、こんな時が一度くらい(一度!?)あってもいいかなーなんて。
キャロっ子大好きvジョウイのことを決して嫌いになれない2主希望です。それでも戦いの場では切り替えて軍主として皆の前に立ちます。
しかし坊ちゃんどこで見つけたんでしょう、四つ葉のクローバー。本に挟んだまま忘れちゃってた人。エミリアさんに気付かれてたら捨てられてたかな・・・。