「美味しそうに食べるねえ」
「え。美味しいから?」
 菓子を口へ運ぶユウリをしげしげと見ていたラウが感心するように言った。 ユウリは当たり前のことをなぜ聞くんだろうといった風な顔をしている。
 少年たちが手にしているのはブラウニー。言わずと知れたココアやチョコレート を使った素朴な焼き菓子だ。
 ユウリは中に混ざっている胡桃をコリコリと音をさせながら食べ続けている。 ラウも手を伸ばしているが、彼のスピードには負けていた。
「確かに美味しいね。ラム酒漬けのレーズンもいい具合だし、胡桃で程よい ボリュームも出てる」
「だよね。チョコレートは使ってないんだけど、レーズンで結構しっとり感は あるし、濃すぎない感じもいいかも」
 二人のやけに詳細なやりとりに、同じテーブルについていた緑衣の少年が うっとおしそうな眼差しを上げた。
「だからってソレ一体いくつめ」
 ルックは最初に小さいところを一つ手につけたきり、あとは紅茶をストレート で飲んでいた。もう2杯目で、カップの中の残りも少ない。
「さあ。数えてないけど・・・」
 テーブルの真ん中に置かれたブラウニーが並んでいたに違いない大きな平皿は、 半分以上が空になっていた。
 ルックはそれをあらためて眺めると首を振った。
「・・・女みたい」
「うわ、問題発言!甘いものに男も女もないよ。大体ねえ、ルックが標準みたいな 言い方は断固却下」
「ああ、確かにルックは世間一般でいう標準から大きく外れているね」
「どういう意味」
「そりゃもう、いろんな意味で」
「ねえ」
 と、わざとらしく肩を寄せ合う二人にルックは顔を顰める。そんな彼の反応に 黒髪の少年たちは楽しそうに笑い出し、それに対してルックはますます機嫌を 悪くするのだが。
「ま、それでもユウリは甘いもの好きな方だな。甘党ってわけでもなさそう だけど」
「うん。好き嫌いはあまりないよ。甘いものは・・・自分で言うのもなんだけど、 刷り込みっていうか。甘いものはご馳走、イコール美味しい、みたいな式が 頭にある気がする」
「・・・リアル」
「こらルック」
 ぼそりと呟いたルックの頭にラウの拳骨が厳かに下る。
「あはは。まあね、それで美味しいと思えるんだったら、それはそれで良かった と思うけど」
 と、また新しいブラウニーに手を伸ばし、
「それになんでもかんでもマズイっていう人より幸せじゃない?」
 ニヤリ笑って、口に入れる。
「だね。それもたぶん本気でマズイなんて思ってないんじゃないかな。美味しくても 素直に言わないんだから損としか言いようがない」
 ラウも笑って、手に残っていた菓子を口に入れた。
「ゴチャゴチャうるさいよ。それから・・・ああ、もういいよ」
 不機嫌さはそのままに、それでも反論するだけ無駄と悟ったのか、自ら 途中で言葉を切ってしまった。
「君らが揃ってるところを通りかかった僕が不運だっただけだ」
「それはまた随分な」
 紅茶の入ったカップを口元へ運ぶラウの表情はあまりに平然としているので、 ルックは諦めにも似たため息を吐いた。
「・・・お茶を飲んだら僕はもう行くよ」
「あ。ルック」
 カップに残っていた僅かな紅茶を飲み干し、ソーサーに下ろしたところを ユウリに呼び止められる。
「なに」
「まだポットにお茶残ってるよね。さっきミルク頼んだからミルクティーにして 飲んでったらいいよ」
「・・・そう」
「でもお湯の方が良かったら頼むけど、どうする?」
「別にわざわざ。頼んだ方でいいよ」
「そ。じゃ、ちょっと待ってて」
 何故か嬉しそうに笑うユウリにルックは怪訝な顔をしたが、ふとラウへと 目線を移す。
「そういう目で見ないでくれる」
「どういう目」
「あんたのそういうとこが昔から嫌いだ」
 ルックの鋭い目線にもラウは無邪気な笑みを浮かべたままで、どこ吹く風だ。
「昔と変わらず嬉しいだろ」
「しゃあしゃあと」
 他人が聞けばルックがラウに喧嘩を売っているように見えないこともない。 が、親しいもの(というと限られてくるが)にはそうでないとわかる。
 それはルックが椅子に深く腰掛けて、さらに足まで組んでいることからも 見て取れる。ルックがもし本気で相手を嫌っているなら、何も言わずその場 を去ってしまうだろうから。そもそも同じ場所に近寄らないに違いない。
「へえ、昔から仲良かったんだ」
 ユウリはいつのまにかミルクを受け取り、ルックの濃くなった紅茶の入った カップへ軽く注いだ。続いて、一杯目のカップがちょうど開いたラウへもいるか どうかを目で尋ねる。
 新たに紅茶を入れたカップをユウリへ差しだしながら、ラウが首を捻った。
「仲、ねえ。良かったかな」
「冗談。現在進行形でね」
「こんな感じ」
 苦虫を噛み潰したような表情に、おどけるように肩を竦めてみせるラウ。
「あっはは、今も昔もって?いいねえ」
「よくないよ、君って耳悪い!?」
 ユウリは陽気にぱたぱたと手を振った。
「逆、逆。良すぎて口に出さなくても聞こえるんだ」
「なにをバカなことを。僕は本当のことしか言わない、それくらいはその 頼りない頭でも叩き込んでおくんだね」
「はいはい」
「返事は一回でいいんだよ」
「ラウ、聞いた?」
「反論ができなくなった挙句の悪あがきって感じで涙を誘うね」
「ほんっとに腹が立つね、君ら!!」
 段々と賑やかしくなってきたところへ。
「おっ。なんだよ集まってるじゃん」
 頭上から別の声が降ってきた。
「シーナ」
 やぁ、とラウが一つ上の階の廊下から見下ろすシーナへ手を上げた。 青年は応えるように大きく身を乗り出すと、3人の顔をぐるりと見渡した後で 真ん中のテーブルに目を留めた。
「えっ、なに。お前ら美味そうなもん食ってるじゃん、俺も仲間に入れろよ! 今そっち行くから!」
 階下を指差して叫んだと思うと、返事を待つことなく身を翻した。
「・・・ねえ。今のシーナの反応って女の子を見つけた時と似てない?」
 姿の消えたあとの空間を見上げたままユウリが呟いた。
「女の子はみんな好き、お菓子もみんな好きって?」
「病気だよ」
 ルックのため息交じりの言葉はラウとユウリから沈黙という名の賛同を得た。
「うぃっす!これ誰が作ったんだ?ユウリか?ナナミ・・・ってことはないよな、 食ってるもんな、うん。はっ、まさか他の女の子からとか!?誰が誰に もらったんだよ!」
 再び姿を現した途端まくしたてるシーナに、一同は呆れと苦笑をまぜこぜに した 表情で迎える。よくそれだけ頭と口が滑らかに回るものだ。
 ラウが代表して答えた。
「僕とユウリとで歩いてたらヒルダさんに呼び止められてさ。 たくさん作ったからおすそ分けって」
「ヒールーダーさーん!なんで俺に声をかけてくれなかったんだあ!」
「来て早々うるさいよ。食べに来たんならさっさと席に着けば?」
 口元に両手を構えて叫ぶシーナに、ルックはテーブルに頬杖をついて 睨み上げ る。シーナははたと動きを止めて、緑衣の少年をまじまじと見つめた。
「ルックが菓子食ってるなんて珍しいじゃん。そんなに美味いの?」
「別に」
 シーナの視線を避けるように横を向く。
「へえ。ルックがマズイって言わないってことは相当?ヒルダさんってば顔良し、 性格良し、料理の腕良しなんて理想の奥さんだよな〜!」
「旦那の調教もなってるみたいだしね。せいぜいシーナもしっかり調教して もらえる人を見つけなよ」
「ご声援ありがとう!!」
 ルックの嫌味もシーナにかかると、油の上に止まろうとした虫のように空しく 表面を滑っていく。嫌味だと気付くどころか、真意そのものが伝わっていない。 ラウとユウリはルックへのほんの少しの同情をこめて息を漏らした。
 当のシーナはそれも解さず、
「なぁに辛気臭い顔してんだよ?ユウリ、俺も茶が欲しいな〜」
「僕はいつ給茶係になったのかな」
「つれないこと言うなって!な、軍主さまっ」
「しょうがないなあ」
 ユウリはぷっと吹き出すと席を立った。
 シーナの我侭にはつい笑って応えてしまう。甘え上手なのだろうか。 実際愛想は相当良い。しかしそれも人を不快にさせるものではなく、 むしろその場の空気を明るくさせるものだった。
 ユウリがそんな感想を以前にラウへ漏らすと、
「あれは一種の才能だと思う。昔から調子がいいんだけど何故か敵を作らない」
 それどころか大人からも困ったやつだ、と苦笑して許してもらえる得なタイプだと 続けた。ルックなどは
「あの能天気さはある意味賞賛に値するんじゃない」
 と言ったものだが、あながち間違いでもなく、ユウリはそれを羨ましいと 思うことさえある。
「はい、おまたせ。あと2分まってからどーぞ」
 目の前にポットを置き、その上からティーコジーをかぶせる。
「サンキュ〜!」
「ユウリ、ユウリ。強敵が現れたよ」
 くつくつと笑ってラウが指差す先を辿り、そしてあっと小さく声を 上げた。
「ちょっとシーナ、食べ過ぎ!」
 席を外すまでは皿に半分近く残っていたブラウニーは今や残り数個と なっていた。シーナは目を瞬かせながら、口と手の動きは止めない。
「なんだよ、どうせお前が一番たくさん食ったんだろ?」
「人にお茶の用意をさせておいてその言い草ってどう?」
「茶は感謝してる」
「もー!」
 カチャリと音をさせて、カップをソーサーに下ろすとルックは立ち上がった。
「・・・僕は今度こそ出てくからね。これ以上騒々しいのと付き合ってられない」
 それにラウも片手を上げて続いた。
「あー、ルック。僕も一緒する」
「えっ、ラウまで見捨てるの!?」
「こらユウリ!いや、俺、今来たばっかだけど!?」
 ユウリとシーナに文字通り縋りつかれて、ラウとルックはずるずると席へと 連れ戻される。
 シーナのおごりで3人へハーブティーが振舞われ。(ルックは「水太り させる気!?」と言っていた)
 30分後、4人はそろって席を立ち、ラウとユウリとシーナの3人が 空になった皿をヒルダの元へ返しに行ったのだった。
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ココアという題でブラウニーを使うって・・・まんまで申し訳ない。
それよりオチなくてすみませ・・・!4人でわやわやと。
ゲーム中はルックにはあまりお世話にならなかったのですが。だって直接攻撃が 弱・・・ゲホ。直接攻撃が単純で好きなので。シーナはパーティの常連さん でした。顔が好みだったんです(白状)

私はチョコレートを使ったブラウニーが好きです。重たいやつ。でもココア 使うと香ばしくていいですね!