「暗闇は好きだな」
 仕事をしていたはずのユウリの唐突な呟きに、昼間図書館で借りてきた本に 目を通していたラウは顔を上げた。
「突然なに?」
「外見て」
 ユウリはペンを手にしたまま窓の外へ視線を向けていた。ラウの場所からは 見ることができず、椅子から立ち上がると窓辺へと寄った。
「ああ。誰かが帰ってきたんだ」
 門へと近づいてくる小さな灯りがチラチラと・・・辛うじて二つほど視界に入る。
 ほんの30分ほど前までは橙から藍色への鮮やかなグラデーションに染まって いた空も、今では闇に変わっていた。
「たぶんサウスウィンドウに行ってたフィッチャーだ。予定より遅くなった みたい。本当は昼のうちに帰ってこれる日程だったから」
「何かあったかな?」
「うーん。フィッチャーは話し上手だから、ご馳走にでもなってきたんじゃない かな」
「なるほど」
 門にたどり着いたらしき灯りを惰性で追っていると、カリカリとペンが紙を ひっかく音が再び聞こえてきた。
 手を止めさせるのは申し訳ない気がするけれど。
「ユウリ」
「うん?」
「フィッチャーが帰ってきたことと、暗闇が好きっていうことと、どう関係が あるのか教えてほしいんだけど」
 ユウリがペンを止めて、ああ、と笑う。
「ほら、例えば今のフィッチャーにしても昼間帰ってきたとしたら僕は気付くか わからないけど、今は気付いたでしょ」
「・・・?うん」
「小さな灯りでもハッキリとその存在を示してくれるから好きだよ。 ・・・どんなに弱い光でも、闇は守ってくれているように思える」
 それは逆に暗闇だからこそ灯りを点けるのではないのかと思うけれど、ユウリ の考え方は面白い。
「・・・それなら僕は、暗闇にある光が好きだけどな」
「うーんと。それは僕が言ってることとはちょっと違う?」
「うん。ちょっと違う」
「だよねえ」
 小首を傾げて、どういうことかを問いかけてくる。
「そうだな。暗闇の中に光が一つでもあれば安心するだろう。なんていうか ・・・居場所というのかな。それを教えてくれる気がする」
 ユウリがなるほどと頷く。
「考えてみると面白いよね。昼の光は全てを照らしだすけど、個は見えなくなった りするじゃない。で、夜の闇は個を照らしだすんだけど、全てを見ることは できなかったりする」

 闇と光と。
 可視不可視よりも、その見え方が重要なのかもしれない。
 そこにあるものは誰にも等しく同じなのだから。

 灯りの見えなくなった外に再び意識を向ける。
 この明るい部屋から闇を眺めるのと、闇の中に身を置く事とは違う。
 それほど昔ではない過去に。
 闇をひどく恐ろしく思ったことがあった。
 そして。
「ああ・・・光なんていらないと思ったこともあったな・・・」
 窓ガラスに添えた手のひらに、外の闇がひんやりと伝わってくる。
「じゃ、今は?」
 いつのまにか隣にきていたユウリが、窓を背にしてこちらを見上げた。
 そして、その瞳から自分の言葉の意味を理解してくれているのだとわかり安心する。 自らの口から零れ落ちた過去の思い。そう、過去の。
 唇の端を上げる。
「さて?」
「あっ、はぐらかすつもり?」
 肩を叩かれて、イタタと大げさに擦る。ユウリはわざと拗ねた目で こちらを睨んでいた。それが何故か、とても救われた気分になった。
「・・・本当は、いつだって探しているんだと思う」
 それを聞いたユウリはただ微笑んだ。まるで、淡い光のようだと思った。



 闇の中。
 何も見ず、何も聞かないでいることはとても容易で。
 だが、ひとたび五感を解放すれば、それは驚くほど研ぎ澄まされる。
 目に見えぬものをその手に取り、耳に届かぬ声を聞く。
 闇にあって、人は弱くもなり、また強くもなれるのだと。
 それは闇の中で学んだこと。

 光はいつ尽きるかわからぬ灯りで多くのものを照らすだろう。
 ほんの時々。その光は眩しすぎて、闇は瞼をそっと下ろすけれど。
 ほんの時々。その光はあまりに弱々しくて、闇は両手でそっと覆うのだ。
 尽きない闇は多くのものを隠すに違いない。
 しかし、どんなに仄かな光だろうと、その存在を支えてやれるのだとしたら。



 そんな闇なら、きっと、悪くない。
e n d

お題初挑戦。
なかなか意味深なお題ではありますが(笑)肩透かし気味で申し訳ない。
えっと。前向き坊ちゃん推奨ですが、それも迷いや弱さがあってこそかと。

お題をそのまま使うのはどうかとも思ったのですが、考えているうちに いつものように「ま、いっか」という結論に。ということで、今後も そのまんまでいきます。(たぶん)